スリランカのニッポン《じゃぱーなや》
| 「かまんね〜だ?」「おう。かまんねかまんね。」 シンハラ語で、「構いませんか?」「ああ、構わない構わない」という意味だ。 聞いていて思わず心が和み、元気がわいてくる。 |
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![]() 写真を撮ってもかまんね〜だ? おう、かまんねかまんね! バランゴダの市場にて |
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| 私は今、地理学の立場から、スリランカにおける有機農業の展開と その社会的・経済的影響について研究している。 昨年の11月前後に、40日ほど現地に滞在した。 初日の明け方、標高800mの山間にあるNGOに到着し、さっそく周辺を散歩した。 ああ、初めてのスリランカ。 深呼吸しながらふと空を見上げると、キキーキー! サルの群れが電線を走り回っている。 この地域では近年、サルとイノシシが急増し、農作物への害に悩まされているという。 これって、広島の農村部と同じではないか。 |
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次に驚いたのは、スリランカを走る日本車の多さ。 現地の新聞記事によると、現在、同国の自動車の7割強は日本製。 その大半は日本から中古で輸入されたもので、reconditionedと呼ばれている。 上記NGOの車のボディーには○○工業(有)とあるし、 ホームステイ先のココナッツ農家は、自慢の日本製中古軽トラを入念に磨き上げ、 バッテリーに鍵をかけていた。 古都キャンディーを走る路線バスには 「京都府教育委員会」と大書され、養護学校の名前が付されていた。 嘘か真か、豚を食べることが禁じられているイスラム教徒のトラックに、 日本の養豚会社の名前が入っていたとも聞いた。 |
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![]() 世界遺産、シーギリヤ・ロックの近くの店で売っていた 「高級おりたたみ洋傘」。 |
![]() クルネーガラの路線バスで出会った少年。 |
「サクラマル・ピピラー」で始まるヒット曲も気になっていたが、 これは桜が咲いた、 つまり「日本が発展に成功した国としてスリランカに現れ輝いている」という意味らしい。 日本ではあまり知られていないが、 戦後、サンフランシスコ対日講和会議の際、当時のセイロン代表は 「憎悪は憎悪によって止むことなく、愛によって止む」 と発言し、対日賠償請求権を放棄した。 そんな日本は今や最大のODA(政府開発援助)提供国となり、 日本車はスリランカの空気を汚している。 人々は日本に、嫉妬と羨望のまなざしを向けている。 |
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![]() 首都スリ・ジャヤワルダナプラ・コーッテ。 大都市コロンボからの首都機能移転が図られているが、 現在のところ国会議事堂や森林局など、ごく一部の機関しか移転していない。 上の写真を右折した、人造湖の周囲をめぐる道路が、 「スリランカ・ニッポン通り」。 右の写真のような看板があった。 ちなみにコロンボにある大きな橋は、 「ジャパン・スリランカ・フレンドシップ・ブリッジ」! |
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こんなにも日本と接点のあるスリランカ。 セイロン紅茶と悲しい内戦だけの国ではない。 津波復興の途上にある今こそ、ぜひ訪ねてほしいと思う。 きっと笑顔で、「かまんね〜」と言ってもらえるだろう。 |