『広島大学文学部地理学教室50年の歩み』(1999年)投稿
地理の世界に生きる大地
出会いは高3の夏だった。高校に広大のポスターが張り出されたのは,既に公開ガイダンスも説明会も終わった後。併記してあった「オープンキャンパス・・・随時」の言葉にひかれ,父と一緒に見に来たのだ。広大なキャンパスをまわった後に見つけた文学部の小ささに驚く。玄関ロビーではハムラビ法典の存在にまたまた驚かされる。ここでは「目には目を,歯には歯を」の教育が行われているのだろうかなどと真剣に考える。おもむろに事務室に入るが,みなさん困惑顔。「考古の土器と骨くらいしか,見せられるものはないよ。」との言葉に落胆するが,隣の方の「中田先生に電話してみょうか。」の一言が私の運命を変えた。
中田高先生は,ご存知のとおり非常に気さくな方である。大学の教授とお話しする機会が得られるなど思ってもいなかったので最初はどぎまぎしていたのだが、知らず知らずのうちに日常の自然な自分に変わっていた。パソコン・周辺機器が自由に使えること、改組により他学部の授業が自由にとれるようになること(私の学年は、入試は旧タイプ、入学後は新カリキュラムなのです)、フィールドワークについて等々、魅力的な話に心躍った。研究室では、ラックに並ぶ目を見張るほどの雑誌の数に驚いた。全てが新鮮だった。
今思えば、そのころの私の夢は「国土地理院でデザイン・機能性に優れた地図をつくること」。小学校2年生からの変わらぬ夢。私は根っからの地図大好き人間なのだ。12月に行われた入試の面接の際にも、自作地図、郷土について描いた漫画などの一部をファイルにとじ、持参したくらいである。(ちなみにそのファイルは評価の対象外となったらしい。しかし個性を印象づけるには十分だったかと思う。)
それにしても、なぜ私は地理学を選んだのだろう。はっきりとした動機はすでにわからなくなってしまったが、地図自体は、空想世界のものも含め小学校低学年の頃には描いていた。テストの裏面や自由帳は、地図でいっぱいである。地形図や県別地図は格好の遊び道具だった。地形図から土地利用図を作成する過程は、さながら「ぬりえ」。作業しながら景観を想像するのが楽しかった。ここまでの記述から、読者の多くは私に孤独な少年のイメージを抱かれるかもしれないが、決してそんなことはない。社会科の異常に好きな友達と一緒に、地図の世界を謳歌していた。地図の利用は必然的に、地域への関心を呼び起こしてくれる。前述の郷土に関する漫画は、町史編纂委員会や図書館でせっせと資料をかき集め、オリジナルキャラクターを用いて描いたものである。
中学2年の頃、津山の書店で偶然見つけた雑誌『地理』が、「地理学」という1つの枠を私に見せてくれた最初のものかもしれない。高校入学の頃からは、毎月のように『地理』の「ジオグラファーズ・フォーラム」に地域情報を投稿した。学校の「地理」の授業は、肩の力を抜くことのできる最高の時間。地理学出身の若狭勝先生の授業は、岡山弁と体験話と歌でいっぱいの、独特な雰囲気を醸し出すものだった。新課程なのに、入試には絶対出ないのに、クリスターラーやバージェス、デーヴィスetc.は基本的な事柄として頭にたたき込まれた。あの先生の「大地は地理学に行くんぞ。」との勝手な言葉が、私をこの学問の方向へ後押ししていた事実は否めない。
合格発表後、毎週1回は岡山県内のどこかを歩き回るようになった。まるで何かがふっ切れたかのように。地図を片手に。小中学生の頃、地元建部町で月1回行われている「歩こう会」に参加していたのが、私のウォーキング好きの始まり。地域を見る目は、やはり自分の脚で歩くことで養われるような気がする。無論、大学入学後も農村を中心に、山あいの旧道、寂れた都市、島の港町などなど、果ては海外まであちこち歩き回っている。自分なりの旅ができるようになった。
いろいろと勝手にやっていた私だが、大学の授業への期待は大きかった。それだけに、地理学教室開設科目の少なさには正直なところがっかりした。すぐに総科・工学部等で欲求不満を補うようになる。その結果、「景観」関連諸科学に特に興味を持ち、学習するようになった。大学で受け身の姿勢をとるのはもったいないということが、初期の段階でわかったのは幸いだったと思う。研究室周辺には入学直後から頻繁に出入りしていた。いるだけでも様々なおもしろい情報が入ってくるし、先生方や院生にいろいろと教えてもらえる。パソコンも期待していた通り自由に使える。院生・学生でやる「自主ゼミ」や、年1回の「中四(中四国学生地理学会)」などはよい刺激になっていた。
3年生になってからは、フィールド等で集めた材料をどう料理するかを教えていただいている。小学生の頃からやっている「地域研究じみたもの」を、この機会に少しでも「学問」の段階に高めたい。大学のあちらこちらに出没している私だが、この地理学教室ほどアットホームな雰囲気の中で厳しくかつ丁寧にそうした面を鍛えてくださるところはないような気がする。当然、その中では先生方の影響を強く受ける。最近では、関心の対象となる地域や事象にまで、それがあらわれるようになってしまった。この夏休みに南アジアに行ってきたのは、明らかに「活きのいい」ここの先生方の影響を受けたからだ。
今後、私がどの程度この地理学教室でお世話になるかはわからない。ただ、いくらここが落ち着く空間であっても、居心地の良さに安住し、ぬるま湯につかるのは嫌だ。小学生の頃からの探求心でもってやりたいことをやる、手段として利用したいと思う。この教室を踏み台に、地図好き・旅好き・景観好きの自分に付加価値をつけ、世界に飛び出したい。
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