河本 大地 (こうもと だいち)

キーワード:南部曲家(なんぶまがりや)、岩手県遠野市、農村景観、伝統的農村家屋、景観保全、地域資源
近年、日本の農村地域では、組織的に景観保全を行う事例が増えてきた。それは、伝統的建造物群保存地区などの制度の下、小区域において補助金や厳しいルールを伴う形で行われる場合が多い。しかし、そうした景観保全施策が実施されていない一般的な農村地域の景観にも、伝統的要素が残存していることが多い。なぜだろうか。そして、それらはどのような状況のもとに置かれているのだろうか。
本研究の目的は、以下の2つである。ひとつは、「南部曲家」と呼ばれる伝統的なL字形農村家屋が、岩手県遠野市においてどのように残存してきたかを明らかにすることである。遠野市にはかつて多数の曲家があったが、現在その組織的な保全は行われていない。もうひとつは、伝統的要素を地域資源として認識する一般的傾向に対し、遠野の南部曲家の場合はどう対応してきたのかを考察することである。
@ 遠野市域には79棟の曲家が残存している。それらには2つのタイプがある。ひとつは「放置型」で、近隣に新しい居宅が建てられた後も、数十年にわたって物置として使用されてきた。もうひとつは「継承型」で、継続的に居宅として使用されてきた。前者には著しい損傷が見られる場合が多い。
A 曲家の残存要因には、所有者の相対的な経済的困窮による場合と、曲家での生活に対する積極的な意識による場合の2種類がみられる。
B 大半の曲家は、新たな生活様式に適応した形で生活できるよう改造を施して維持されてきた。一方、茅葺屋根を、茅や茅葺職人の入手が困難であるにもかかわらず維持しようと試みてきた居住者もいる。
C 生活の場として残存する例以外にも曲家の継承例が認められた。その多くは、本来の場所から、保存や観光活用を目的として移築されている。また、曲家の形に似せた居宅が、所有者の郷愁の結果として新築されている例もある。これらの継承例は、曲家を地域のシンボル的な資源として認識した結果、生じている。生活の場としての曲家が消えていく中、「伝統」の実態を喪失した「地域イメージ」が、遠野の景観を形成しつつある。
* 南部曲家(なんぶまがりや)は、曲屋、曲り屋、曲がり屋、曲り家、曲がり家などさまざまな表記がなされる民家様式である。
上記の研究要旨の内容について、もっと詳しくお知りになりたい方は、下記の文献をご参照ください。
上記は、下記の文献の要旨をもとにして、一部を加筆修正したものです。
河本大地(2003):岩手県遠野市における南部曲家の現状―その残存と継承に着目して―.地理科学、58-1、pp.46-59.