河本大地(こうもと だいち)   研究履歴   授業・講演・ワークショップ等   思い出 

 このページには私の思い出を徐々に載せていく予定ですが、ひとまず数年前に書いたプロフィールをそのまま出しています。
そのため、情報が古い箇所や表現が幼い部分があります。ご了承ください。


趣味<<<<<<<<

o地図に関するあらゆること(読んだり描いたり眺めたり)

o季節や地域性を楽しむこと

o地図を持って気ままに旅し、様々な人々や景観(風景)に出会うこと
 (1日20kmくらいなら平気で歩きます。最近はサイクリングも楽しんでいます。)

o音楽関係(歌が好き。世界中の個性あふれる曲が好き。)
                                        など

大好物<<<<<<<

oさまざまな種類のチーズ、チーズ、チーズ!!!!

o岡山県建部町特産「生乳100%ヨーグルト」
 (そのままではすっぱいと思う人のために、蜂蜜等がセットになっています。でも、慣れてきたらそのすっぱさが気持ちいいんですよ! 私のふるさとで製造しています。)

oタンビリ(スリランカのシンハラ語で、キングココナッツのジュースと果肉)

o飛騨の朴葉味噌・栃の実せんべい、岩手の「ひっつみ」・「じゃじゃ麺」、京都の生八つ橋、広島風お好み焼き

oグレープジュース、はぶ茶

oウォーキングの時に食べるハイレモン

oとうふ、各種南蛮漬け

o鮎、カボチャ、ジャガイモ、スイカ、栗、梨、メロン、イチゴ、キムチ、ザクロ、イチジク、柿、牡蠣
                                                         などなど

食べ物以外では・・・ 風。水の流れの音色と光景。ストリートミュージシャン。積雪時の冷んやりとした空気と景観。笑顔!
       

その逆<<<<<<<

 以前は、ピーマン・柑橘類などたくさんありましたが、ほとんど克服!
 しかし、コーラ(あの、歯の溶けるような感触が嫌)、添加物の多い食品などは意識的に避けています。コーヒーのブラックも大嫌いでしたが、大学で講義の度に出してくださる先生が2人おられたおかげで、何とか飲めるようになりました。

食べ物以外では・・・ 起伏の少ない土地。無機素材ばかりの建築。路傍などに捨てられたゴミ。クーラーの効き過ぎた空間。タバコの煙。ディーゼル車の排気ガス。いがり立てるような歌声。


主な活動グループ<<

(最近のものが入っていませんが) 

o広島エコミュージアム研究会(2000〜)
 地域をまるごと、博物館に見立てるのが「エコ・ミュージアム」。主にメーリングリストを通じて、東広島とその周辺に関する意見・情報交換を行っています。メンバーは広大の教官や学生、環境教育事務所の方、子育てサークルの方、市役所職員、一般市民などなどとっても多彩。茅葺き家屋「ホタルの宿」等で、イベントやミーティングも行います。
 
→EM研メーリングリストはこちら。  →林さんのサイトはこちら。

o里山ワークキャンプin庄原(2001〜)
 2001年夏のワークキャンプ以来、里山に関心のある地元の方々や各地の学生、NICEという国際ワークキャンプ組織が一緒になって、サークル同然の活動が始まりました。農林業を営んでおられる築350年のお宅を拠点に、植林の枝打ち、竹やぶの整理、炭窯づくり、木工芸、おいし〜い料理etc.を楽しんでいます。スタッフとして運営にかかわる機会があり、随分と勉強になりました。
 →非公式ホームページ(by前谷さん)はこちら! →NICEのページはこちら。

oHiRACクラブ(2000〜)
 「ハイラッククラブ」と読みます。「東広島ルーラルアメニティクラブ」の略。東広島市内に借りている里山で月1回、山林の手入れや畑での作物栽培などを楽しみます。詳しくはHPをご覧ください! ちなみに私は、4年生になってから始めました。もっと早くから参加すればよかった・・・。

o地球市民共育塾ひろしま(2003〜)
 開発教育の考え方や手法を、みんなで実践しながら学ぼうという集まりです。2005年11月には東広島市で、「有機農業って私たちにとってどんな意味があるの?―グローバルに、ローカルに考えてみよう!」というワークショップを行いました。

oノッティンガムBTCV(2002)
 2002年夏の英国・ノッティンガム大学留学中、英国での環境保全の取り組みを自分で経験したいと思い、週末の活動によく参加していました。BTCVは、British Trust for Conservation Volunteers (英国環境保全ボランティアトラスト)の略。

o広島大学 東雲混声合唱団 パストラール(1997〜2000)
 冬にあるコンサートと、夏に小学校等をまわる演奏旅行が2大行事。個性的で元気な学生の集まった、とても仲のいい合唱団です!
 →「パストラールOB・OGの部屋」はこちら。

o広島大学 いきもの会(1997〜1999)
 ワンゲルに、生き物と親しむという要素を加えたようなサークルです。登山、キャンプ、ハイキング、植物観察など、多彩な活動をしていました。3年の始めまで参加。

o広島大学キャンパスレンジャー(1998自然消滅?
 広大な広大キャンパスで、自然観察・ごみ拾い等を行っています。詳しくはHomePageを見て!
 →野村正人さんによる紹介(『広大フォーラム』)

o地理学生の会・自主ゼミ(1997〜自然消滅?
 地理学教室の有志による、簡単な研究発表や旅行をする集まり。99年8月の中国四国学生地理学会では、ちょっとした研究発表を行いました。




  〜海外の旅〜
様々な人や景観との出会いを楽しみに、体当たりの貧乏旅行に出かけています。

 @高1から高2にかけての春休みに、弟と2人で1週間滞在したケアンズ(オーストラリア)が、初の海外経験です。グレートバリアリーフや熱帯の動植物を楽しみました。もっともっと旅がしたい、世界中をまわってみたいと思いました。

 A弟とは98年3月にも、アルプス北東部(バイエルン・ティロル・ リヒテンシュタイン・ チューリヒなど)で半月間の貧乏旅行をしてきました! ユースホステルや鉄道を使った旅です。旅行記「北東アルプスの町角から」をご覧ください。

 B同じ年の9月には、1人で韓国に行って来ました。ソウル(ここだけ研究室の友人と現地で待ち合わせて一緒)、日本軍「慰安婦」歴史館(バスの中で出会った現地の学生と一緒に見ました)、東海岸のソクチョ(束草)・北朝鮮との軍事境界線の側にあるコソン(高城)統一展望台(バスで出会った、声を出せない、でも日本語を書くことができる方と一緒に見学)・ナクサンサ(洛山寺)・ソラクサン(雪嶽山。登山をしました)などを訪れました。多くの人とふれあう機会をもち、韓国の現状や過去の日本の過ちについて肌で触れつつ考えることができたのが、最大の収穫です。

 C99年9・10月の1ヶ月間、ネパール・インド・パキスタン・タイの1人旅をしました。研究室の机の下に落ちていた地図を頼りに山村を訪ねたり、ガンジス川(ガンガー)の源流域を歩いたり、沙漠でラクダに乗ったり・・・と、多様な風土を五感で楽しむことができました。このページに少しずつ、その報告を載せていきます。

 D2001年3月には、2度目の韓国へ。智異山中の修験者村、魚のおいしい海辺の都市、伝統的景観の保全に取り組んでいる村など、韓国南西部に受け継がれている文化や社会を五感で味わいました。

 E2002年6月〜9月に念願の留学! 英国・ノッティンガム大学の英語研修コースに参加しました。期間中、イングランドとウェールズの街や村をあちこち訪問。終了後は、同じヨーロッパの中でもアルプスや英国とは異なったタイプの農村景観に触れるため、スロヴェニアを訪ねました。そこでは偶然の出会いからホームステイetc.を体験☆ 山間部には日本の中山間地域との共通点がたくさん見られてびっくり!

 F庄原でやっているワークキャンプなるものに海外でも参加してみたい、どうせ行くなら、自分の研究テーマである「有機農業による地域振興」に関わるものにして見聞を深めたい!というわけで、2003年8月〜9月、マケドニアとハンガリーでワークキャンプに参加しました。マケドニアのほうは、地元の有機農業推進プロジェクトの一環としての開催。ハンガリーのほうは、英国のBTCVが主催するもので、「持続可能な農村開発」というプロジェクトの一環として山間部にある放棄されたプラム園で下草刈りによる復活作業や収穫etc.を行いました。これらの参加と合わせて、ギリシャのアテネ、マケドニアの各地、ハンガリーのブダペスト、オーストリアのウィーン、そして帰りにはウズベキスタンのタシケントにも立ち寄りました。

 G最近は研究関係での渡航が中心です。スコットランドや韓国、オーストラリアでの学会発表、スリランカでのフィールドワークなど。少しずつ、成果を形にしていきたいと思います。


 おまけ NORWAY王国 国歌(MIDI)

        ・・・ノルウェーはぜひ訪ねたい国のひとつ。高2の頃、ノルウェー関係の紀行本の巻末にあった4部合唱の楽譜をアレンジして作りました。


簡単な歴史
             11/16.1978 オギャーッ
 津山で生まれました。2歳くらいからの断片的な記憶があります。NHK“おかあさんといっしょ”で、「にこにこぷん」の前にやっていたもの(緑色の鳥のキャラクターがいたような・・・「ゴジャエモン」って言ったっけ????)をおぼろげながら覚えています。弟の陽樹(ようき)が生まれたときに、頭をたたいてみた記憶もあります(今でも怒られる。本人に。こわいねぇ)。

  

              1982〜  福渡(ふくわたり)保育園
 はっきり言って、マイナス面ばかりが記憶として残っています。相当な泣き虫で、マラソン大会や運動会に恐怖を感じていました。好き嫌いもかなりありました。特に、桃組(年少組)の頃、机の中に嫌いだったニンジンを全部しまっていたのが数日後先生にばれて大目玉をくらったことは、その後しばらく頭の中に強烈にインプットされていました。

 でも、本当は楽しいこともいっぱいあったはず。朝流れるヴィヴァルディの「春」など、音楽が大好きで、家でもオルガンをよく弾いていました。保育園の時の先生の話によると、当時から地図のハンカチに興味を示していたようです。毎日祖母と一緒に、のどかな道をのんびり歩いて通っていました。

 いつのものともどこのものともしれない写真
 運動会の写真

  

              1985〜  福渡(ふくわたり)小学校
 2年生くらいまでは、保育園の時の延長線上。仲のよい友達も限られており、あまり外向的ではありませんでした。給食を食べるのが早い人だけ、どうしてシールがもらえるんだろうといった具合に、変な嫉妬心やいらだちを感じていたような気がします。学校にラジオの取材(生放送)が来た際、「好きなお花は何ですか?」と聞かれ、「オオイヌノフグリー!」と大きな声で答えて話題になりました。いや、植物に詳しいわけじゃなくて単に理科の教科書に載ってたのを言っただけなんですけど・・・。「普通」で「無難」なことをやるのは、この頃から嫌いだったのかな。

 3年生くらいから地図や郷土、音楽に対する興味・関心が開花し始めます。そのプラス的要素をうまく引き出してくださったのが、4年の時の担任の長尾紀江先生。先生は相当な音楽好きでもあり、声楽を中心に音楽の楽しさをユニークな手法で教えてくださいました。6年の時には、長尾先生が率いて学年全員(31人)で合唱コンクールに初出場し、なんと金賞をもらってしまいます。音楽だけでなく、私と同じように社会科に興味を抱いていた河本貴文君など、多くのクラスメイトと友達になるきっかけを与えてくださり、おかげで私の地図・地理の世界がかなり広がったように思います。

 貴文君たちとは、「本河(もとかわ)出版社」というグループを結成し、郷土に関する、地図やマンガを用いた本を書いたり(完全に書き終えたものはないかも・・・?)、空想の世界の地図を描いたり(学校のテストの裏面は、ほとんど描いた地図で埋まっている)、県内数カ所の「社員旅行」(「吉備路古墳めぐり」「春風そよそよ久米の旅」など)を企画したりといった活動をしていました。郷土建部町や岡山県に関することにかなり興味をもち、古墳や山城、弥生時代の遺跡や小字などを調べに、図書館や町史編纂委員会に気楽に出かけていく、一風変わった少年でした。

 本河出版社 社員旅行 福渡駅にて津山・衆楽園にて

 建部町川口の地図模型(小4〜5の春作成)

 同じく4年生の頃から、地形図片手に月1回の”歩こう会”に参加するようになりました。建部町が主催しており、1回あたり14〜20kmくらい歩きます。3〜4歳の子から90近いおばあちゃんまで多種多様な人々が参加していて、いい交流の場でした。冬には豚汁やみそ汁を出してもらえます。私の行ったところMAPで、建部町周辺が妙に多いのは、この歩こう会のおかげです。ウォーキングの大好きな人間になってしまいました!

 歩こう会 両親や弟と一緒に・・

 なお、3年生の3月31日に、キャベツの箱に入って、ワン太が我が家にやってきました。いきなりイヌ好きになりました。

 福渡小学校は、地域の方々とともに作ったわらぞうりを夏場に上履きとして使ったり、アフリカ各国から来日された方々を招いたり・・・と、徐々にユニークな取り組みをするようになり、テレビや新聞に出る機会も多く、特に後半、いい刺激を与えてくれました。

 家族で行った岡山県北房町(現真庭市)・備中かなち穴にて

  

              1991〜  建部(たけべ)中学校
 入学時には、怖いところなんじゃないか・・・と過剰にオドオドビクビクしていましたが、実際には純朴な感じの人が多く、非常に生き生きと3年間を過ごすことができました。今思えば、1年時の担任の先生が「ムーミン」と呼ばれるほどおっとりとした包容力のある人だったのが、大きいのかなあという気がしています。

 部活動は1年生のはじめから園芸部(なんと唯一の文化部)だったのですが、2年生の初めに"ブラスバンド同好会"をつくらないかと音楽の先生から提案を受け、3人で活動を開始します(私はクラリネット担当、下手だけど・・・)。規模の比較的小さい建中(たけちゅう)では、ブラスバンドはクラブ活動として活発に続いていたのですが(なんと全校生徒の3割に当たる80人くらいがブラスバンドクラブ員だった)、週5日制化に伴い今までのような活動ができなくなることが理由として大きいとのことでした。自分の未熟さにあきれながらも、ブラスバンド同好会長・同クラブ長・園芸部長を一手に引き受けさせてもらい、貴重な経験ができました。

 建中でも小学校同様、合唱が盛んで、県内すべての音楽の先生が集まる場でモデル合唱団として出場したり、コンクールに出たりしていました。ちなみに私は中3までボーイソプラノをやっており、いつも女の子の中で歌っていました。・・・。

 その他、弁論大会に出たり絵をコンクールに出してもらったりと、充実した3年間を送りました。

  

              1994〜  岡山一宮高校
 最寄りの津山線・福渡駅まで自転車で10分、列車で50分、法界院駅から別の自転車でさらに20分という距離を、3年間通いました。列車の本数が少ないのがたまにキズですが、特に苦痛は感じず、むしろ列車の待ち時間や車内で過ごす時間を有意義に使えてプラスになったなあと思っています。

 吹奏楽部でクラリネット(2年生の6月からはバスクラリネット)を吹いたり、地理の授業を人一倍楽しんだりしていて、アクティヴな人間と捉えられがちでしたが、自分としては何か満足しきれていないような寂しさも心の隅で感じていました。どうしてだろう? 旅に出る機会が少なかったからかな。受験勉強を猛烈に頑張ったつもりはないんだけど。

 いい先生にも友達にも恵まれた、楽しい日々でした。なつかしいなぁ。

  岡山一宮高校ホームページ

  ♪一宮高校校歌(MIDI)

   ・・・歌詞部分の冒頭はまるで"鉄腕アトム"なんです。聴いてみてください! 吹奏楽部でよく吹いていました。

  ~~--__((ALOHA OE))__--~~~(MIDI)

   ・・・Hawaiiの民謡。かなり編曲してあります。高校の音楽のテストで、これをバックに歌って恥をかきました。

  

              1997〜2001  広島大学 文学部人文学科 地理学教室 (学部生)
  下記のページをご参照ください。

  →地理学教室50周年記念誌に掲載 「地理の世界に生きる大地」

  →大学広報誌「広大フォーラム」に掲載 「大地の旅」(少し下にスクロールしてください。)

  
広島県東広島市西条町御薗宇(みそのう)の南部をすみかとしていました。御薗宇小学校や、吾妻子(あづまこ)の滝のそば。
   常にゴーッという滝の音が聞こえてくる場所でした。家賃は1万2千円!

  ♪広島大学学歌(MIDI)・・・アカペラの4部合唱ヴァージョンです。
 

              2001〜2007  広島大学 大学院文学研究科 地理学教室  (大学院生)
  途中でブランクのある時期や若干のイギリス留学を経験しましたが、基本的にはずっと広島で勉強していました。。
  2006年4月から2007年3月にかけては、縁あって日本学術振興会からもご支援いただき、特別研究員DCとして研究活動に励みました。
  
 
  2007年4月から、神戸で現職についています。
  様々な方からあたたかいご配慮をいただきながら、”面白人生”開拓中です!
 


  

                                            

プロフィール

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ありがとうございました。INDEXへ戻る